大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和28年(ワ)353号 判決

原告 久保田瀞

被告 学校法人中央大学

主文

原告の被告に対する停学処分取消の訴はいずれもこれを却下する。

原告のその他の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「一、被告が昭和二七年二月九日原告に対してした、新制第二経済学部について一カ月の停学処分(掲示して公表した)及び旧制第一法学部についての一カ月の停学処分(掲示しない)を、いずれも取消す。二、被告は原告に対し金三〇万円を支払うべし。三、被告は原告に対して東京新聞及び中央大学新聞(休暇期間発行の分を除く)いずれも最後の頁の左下隅に、謝罪公告の文字は二号活字、学校法人中央大学の文字は五号活字、その他の文字は四号活字を使用して、別紙〈省略〉内容の謝罪公告を各一回ずつ掲載せよ。」との判決を求め、請求の原因として、次のとおり述べた。

一、原告が停学処分を受けるに至つた経過

原告は学校法人中央大学旧制第一法学部(昼間)第三学年及び新制第二経済学部(夜間)第三学年に在籍する学生であつて、前者は昭和二七年三月卒業予定、後者は昭和二八年三月に卒業予定のものであつた。

昭和二七年二月六日新制第二経済学部の第三学年編入者のドイツ語特別講義の試験の際、受験していた原告は、前の席にいた者がドイツ語の教科書を出しているのを見て、膝の上に同じ教科書を開いてのせておいた。これを宮司試験監督員に発見され、原告は不正行為をした者として、被告大学の懲罰委員会に付された。そして昭和二七年二月九日在籍中の両学部について各一カ月の停学処分を命ぜられた。

右停学処分は、旧制法学部の掲示場に、原告を第二新制経済学部について一カ月の停学処分に付する旨掲示して公表されたのであるが、旧制第一法学部についても、学籍簿には、原告を一カ月の停学処分に付する旨記載されていて、停学処分の効力は両学部に別個に及ぶものとされている。

二、処分を違法とする理由

右停学処分はいずれも次の理由によつて違法な処分である。

(一)  処罰原因がない。

原告は前記のように、教科書を膝の上に出しておいたのであるが、まだこれを見てはいなかつたし、また不正に見ようという考えもなかつた。前の席にいた者の動作につられて、教科書を出しておいてもかまわないと思つて、出しておいたにすぎない。従つて原告が教科書を出しておいたことは、試験の答案に何の影響も及ぼしておらず、原告はなんら不正行為をしていなかつたのである。従つて原告の右行為をとらえて、不正行為であるとして処罰したことは、処分の根拠を欠くものである。

(二)  更に旧制第一法学部についての処分には、次の事情がある。

新制第二経済学部と旧制第一法学部とは、準拠すべき法制を異にしている。従つて新制第二経済学部について、原告を処罰できる事実があつても、その事実を理由に、旧制第一法学部についてまで、原告を処罰することはできない。現に本件の場合、旧制第一法学部については、学長の処分命令書が出ていないのであり、また原告を両学部について処罰するというのであれば、両学部の掲示場に別々に掲示して発表すべきであるのに、旧制法学部の掲示場に原告を旧制第一法学部について一カ月の停学に処する旨発表されたこともない。被告は原告に対し、旧制第一法学部については本件停学処分を命ずることができなかつたのである。

三、金三〇万円の請求について、

(一)  原告は本件違法な停学処分によつて、全学生から悪質な不正行為者とみなされ、学友間の信用を失うに至り、父母からもいたく叱責された。殊に旧制第一法学部において、原告は学生自治会中央委員長をしていたので、全学生の非常な非難を受けた。そして後に述べるように、原告は旧制第一法学部を昭和二七年三月に卒業できる見込であつたのに、本件停学処分のため見込どおり卒業することができなかつた。

かような事情で、原告はなんら理由のない本件二つの停学処分によつて、精神上甚大な苦痛を受けた。よつて被告に対し、慰藉料として、新制第二経済学部の停学処分によつては金五万円、旧制第一法学部の停学処分については金九万七千円の支払を求める。

(二)  次に原告が本件停学処分に付された当時、旧制第一法学部については、卒業のために必要な単位二科目を残していただけであつて、原告はその後これを受験して合格点をとり、卒業資格を得たにもかかわらず、停学処分後の受験科目は無効であるとされた結果、本来卒業できる筈であつた昭和二七年三月に卒業することができず、更に一期分の授業料金三千円を納めて、同年五月下旬及び六月上旬の追試験を受けて、同年六月二五日同学部を卒業することができた。

右の授業料金三千円は、被告の本件違法な停学処分によつて、原告が支出を余儀なくされたものである。よつて被告に対し、損害賠償として、金三千円の支払を求める。

(三)  更に昭和二七年一一月中、原告が新制第二経済学部第四学年の履修届を同学部学務課に提出したのに対し、当時の海野学務課長は、原告は無期停学処分に処せられたものであつて、まだ処罰が解除されていないという理由で、履修届を受付けなかつた。原告に対する停学処分は昭和二七年二月九日から一カ月とされていたのであるから、かりにそれが理由あるものとしても、その停学期間は既に経過し、処分は済んでいたのであるから、原告の提出した履修届は当然受理さるべきものであつた。かように理由なくして履修届の受理を拒絶されたことにより、原告は卒業試験を受けることができなくなり、従つて卒業見込の昭和二八年三月に同学部を卒業することができなかつた。

かように不当な扱いを受けて、学生が本来卒業できる時期に卒業できなかつたことは、学生にとつて深刻な打撃である。原告は右履修届の受理を拒まれたことにより、精神的に甚大な苦痛を受けたといわなければならない。よつてその精神的苦痛の慰藉を得るため、被告に対し慰藉料金一五万円の支払を求める。

四、謝罪公告の請求

原告はなお本件違法な停学処分によつて甚大な精神上の苦痛を受けると共に不正行為者というらく印を押されて、学生として甚だしく名誉を傷つけられたので、その名誉回復の方法として、被告に対し別紙内容の謝罪公告を、東京新聞及び中央大学新聞に各一回ずつ掲載すべきことを求める。

五、以上の理由から、被告に対し、本件二つの停学処分の取消を求めると共に、金三〇万円の支払を求め、併せて別紙内容の謝罪公告をなすべきことを求める。

このように述べ、被告の答弁に対して、次のとおり述べた。

一、被告は、原告の本件訴のうち、停学処分の取消を求める部分は不適法であつて司法裁判所の判断の対象たり得ないと主張するけれども、裁判所は憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判する権限を有するのであるから、本件停学処分の取消も当然裁判所に出訴し得るものと解すべきである。

二、被告は原告は「本件ドイツ語の試験に際して、酒気を帯び遅れて入場したが、かようなことは、学園の秩序と神聖のため誠に遺憾な行為である。」と主張するが、原告は当日受験前に新潟県人会に出席して飲酒し、試験には一五分程遅刻したけれども、他人に迷惑をかけるようなことは絶対になかつたし、また真面目に答案を作成したのであるから、学園の秩序をみだすおそれは少しもなかつた。また遅刻したとしても二〇分以内ならば受験に差支えなかつたのである。被告はまた「原告が多数学生の面前で摘発した試験監督員を首にしてやると放言した。」と主張するけれども、これも事実に反する。昭和二七年二月八日原告ら二〇数名が懲罰委員会に付され、同委員会の呼出を受けて廊下で待つていた際、学生某が原告に対して、「懲罰されればいい気味だ。」と言うので、原告は「僕よりは摘発した方が首になる。」と応答したにすぎない。

このような事情であるから、原告が被告大学の処罰を受けるべき理由は一つもない。

三、昭和二七年度の履修届提出期間は被告主張のとおりであつたけれども、原告の場合は、福岡事務員が原告に対し右期限を遅れても履修届を受理する旨言明していたのであるから、被告大学は右期間経過後であつても、原告の履修届を受理すべき特別の事情があつたのである。従つて被告が原告の履修届の受理を拒否したのは不当である。

以上のとおり述べた。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり陳述した。

一、法律上の答弁

被告は私立学校法による学校法人たる私立大学で、原告はその学生であつたもので、原告は本件において被告大学が原告が試験に関し不都合の行為のあつたことを理由として、被告大学の学則第八〇条(学則又は校則に違反し其の他不都合の行為のある者は情状に因つて停学又は退学を命ずる)により一カ月の停学処分を原告に命じたところ、その取消及びこれに基く損害の賠償を求めている。しかし、被告大学がその学生に対し懲戒処分を行うに当つては、学長が教育上の理由ないし教育者としての専門的知識により、処分を受ける者の平素の行状、その行為が他学生に与える影響その他諸般の事情を考慮して判定するもので、かかる事情は教育者たる懲戒権若でなければ到底これを知ることができないばかりでなく、第三者が客観的にその当否を審査判定することは、教育なるものの性質上妥当ではない。また学生が被告大学に入学して自らの教育を学校に依頼した以上、学校の教育方針に従つて教育を受け、右の如き純教育上の判断に属する事項については、被告大学の学長の判定を尊重し、これに従うことをあらからじめ承認したものといわねばならない。従つて原告に右学則所定の停学事由があるかないかの判断は一応学長にまかされているものと解すべきである。それ故原告の本件訴のうち、停学処分の取消を求める部分は不適法で司法裁判所の判断を受けるべきものではなく、従つてその処分を違法として損害の賠償を求める部分もまた失当であつて、いずれも主張自体排斥されねばならないものである。

二、事実上の答弁

(一)  原告主張事実中、原告が被告大学旧制第一法学部第三学年及び新制第二経済学部第三学年に在籍し、前者は昭和二七年三月、後者は同二八年三月各卒業予定の学生であつこと、当時学生自治会中央委員長をしていたこと、原告が原告主張の試験の際、その受験中膝の上にドイツ語の教科書を開いてのせていたのを試験監督員宮司正明に発見され、不正行為として原告主張の懲罰委員会に付され、同二七年二月九日被告大学より一カ月の停学処分を受け、被告大学の掲示場にその旨掲示されたこと、原告がその処分期間中受けた旧制法学部の受験(単位二科目)は無効とされたこと、原告はその主張の如く追試験を受けて旧制法学部を卒業したが、当然の出費として右追試験受験に必要な一期分の授業料を納付したこと、原告が昭和二七年一一月中新制第二経済学部第四学年の履修届を同学部学務課に提出したのに対し、被告は右履修届を受けつけなかつたことはいずれも認める。その他の事実は争う。

(二)  被告大学が原告を一カ月の停学処分に付した理由は左のとおりである。

被告大学は、原告主張の試験を施行するに当つて、あらかじめ受験注意事項として手廻品につき「試験場においては筆記具以外は鞄または風呂敷に納めておくこと。」を掲示して周知させ、なお試験場においては、試験監督者から更に口頭で右同旨の注意をしたが、原告はその主張のとおり自治会中央委員会長であつた関係上、右に関し一般学生にくらべ、特にこれを熟知しておらねばならない立場にあつたばかりでなく、かかることは大学生として、注意事項の有無にかかわらず、当然心得ておかねばならぬことである。そして、原告は本件ドイツ語試験に際して、酒気を帯びおくれて試験場に入場したのであるが、かようなことは教育の場たる学園の秩序と神聖とのため試験場に臨む学生として誠に遺憾な行為である。たゞ試験監督員宮司正明らはこのために原告に受験の機会を失わせないよう受験させたのであるが、かかる原告の不謹慎な態度は全学生の模範たるべき自治会中央委員長であつた原告の絶対に慎むべきところである。

また原告が本件ドイツ語試験中、監督員宮司正明において、原告がドイツ語教科書を膝の上にのせ、これを盗み見していることを発見したので、一旦これを鞄の中に納めるよう注意したうえ、試験場内を巡視していたところ、その後しばらく経過した後も、原告は依然として教科書を膝の上に開いて、これを見ながら答案を作成していたため、不正行為を現に行つている者として摘発したものであつて、右行為が学則八〇条にいわゆる「不都合の行為」にあたることはいうまでもない。

原告はこの点につき「教科書を膝の上に出してはおいたが、見てはいなかつたし、また不正に見ようとは考えていなかつた。たゞ前の席にいた者の動作につられて、教科書を出しておいてもかまわないと思つて出しておいたにすぎない。」と主張するが、原告は試験監督員に注意された後、再びこれを膝の上にのせ開いていたのであつて、その意図たるや明らかである。

たゞ監督員の措置が適切に行われたため、原告の意図するように、これにより答案自体に正解を記入するいとまがなく、結局なんらの影響がなかつたとしても、そのために不正行為がなかつたとはもちろんいい得ない。原告がドイツ語の受験に際し、膝の上にドイツ語の教科書を開いて出しておいたこと自体、受験注意事項に反し、学則にいわゆる不都合の行為にあたるのである。

なお、このことが懲戒委員会に付され、原告が委員会に呼出され廊下で待つていた際、原告は多数学生の面前で「摘発した試験監督員を首にしてやる。」と放言した事実もあつたのである。

被告大学は、学則八〇条に従いこれら不都合の行為があつたことを理由として、原告を一カ月の停学処分に付したのである。

(三)  つぎに、右停学処分は被告大学がその学生たる身分のある原告に対してなしたもので、これにより原告は停学期間中被告大学の教育施設たる営造物による教学上の一切の行動を禁止されるに至つたものである。それ故、原告が被告大学の新制経済学部と旧制法学部との両学部の学生たる身分を持つており、新制経済学部の試験に際して不都合の行為があつたものとして停学処分を受けたときは、その処分の効果は学生たる身分のある者に対する懲戒としてなされたものであるから、その所属学部が一学部であるか二学部にわたつているかを問わず、原告が被告大学の学生として被告大学において授業を受けたり、あるいは受験する等教学上のすべての行動をなすことができなくなるのである。従つて原告が右のとおり停学処分を受けた後その処分期間中行つた旧制法学部の受験はその効力がないことは明らかである。

右のとおりであるから、原告が旧制法学部卒業のため追試験受験に必要な一期分の授業料を納付したのは当然の出費で、これにつき原告に損害があるとはいえない。

(四)  被告が原告主張の履修届の受理を拒否した理由は次のとおりである。

被告大学は昭和二四年二月二一日文部省校九六号をもつて、財団法人中央大学の設置する大学として同年四月より開設を認可され、ついで同年一二月一五日施行の私立学校法及び同法附則による学校法人たる私立大学中央大学として昭和二六年三月五日認可されたものであるが、右認可を受けるに当つては学則により教育を行うこととして認可されたものである。そして右学則によればその第一七条に「科目の単位は週一時間一五週の授業をもつて一単位とする。」とあり、また同第三八条に「毎学年の初に履修科目の届出をなし、授業を受けた科目でなければ試験を受けることはできない。」と定められている。従つて、学生はその学年の初に履修届を提出すべく、履修届を提出した科目につき行われる毎週一時間一五週の授業に出席受講し、その試験に合格した場合単位を与えられることになつている。それ故、被告大学においては毎年初めにその提出期間を掲示し、更に未届出者のないように掲示その他の方法で提出方を促すよう万全の措置を講じているのである。然るに原告は、昭和二七年一一月に至つて漸く新制経済学部第四学年の履修届を提出したのである。しかしかかる履修届は既に授業時間の二分の一以上を経て、単位付与に必要な受講時間を過ぎた後のものであるから、もちろん受理すべきものではない。そこで被告は、その理由を説明したうえ、原告の履修届の受理を拒否したのである。

右のとおりでこれは当然の措置であつてなんら不当な点はなく、もしかりにこれを受理したとすれば、かえつて被告大学の認可基準をみだす不当の処置として、被告大学は監督者たる文部大臣からその責任を追求される結果となるであろう。

昭和二七年度履修届提出期間については、第一回目として昭和二七年五月一日に同月一三日までに提出するように、ついで同年六月一二日、第二回目として同年六月一八日までに提出するように各掲示し、学生に履修届を提出させたものである。

三、以上のとおり、原告の本訴請求はいずれもその理由がないからすべて排斥を免れないものである。

このように述べた。〈立証省略〉

理由

一、被告は「原告の本件訴のうち、被告大学(私立学校法による学校法人)がその学生たる原告に対してした停学処分の取消を求める部分は、不適法で司法裁判所の判断を受けるべきものではなく、従つてこれに基く損害賠償を求める部分も不適法であつて、いずれもその主張自体排斥さるべきである。」と主張するので、この点について考える。

(一)  私立大学がその学生に対する停学処分の法律上の性質。

大学の学生に対する停学処分は、教育上の必要に基く懲戒行為として行われるものであるが、これによりその大学の学生として教育を受ける利益享受を一時的に排除するものであるから、なんらの法的効果を伴わない単なる事実上の作用としての懲戒行為ではない。そして公立大学の学生に対する停学処分も、私立大学の学生に対する停学処分も、ともに教育施設としての学校の内部規律を維持し、教育目的を達成するため、学校教育法一一条、同法施行法一三条に則つてなさるべき懲戒作用たる点において、なんらその性質を異にするものではない。

けだし法律の定める学校は公立私立に拘らず公の性質をもつもの(教育基本法六条)であつて、それ故に法令は学校長に対し、学内の紀律を維持し、教育の目的達成に遺憾なからしめんがため、学生生徒の懲戒権を付与しているのであり、私立公立を問わず学校長はこの公法的特別権力の授権によつて学生、生徒に対し懲戒処分をなし得るのである。

従つて私立大学の学長が、同大学を代表して、その学生に停学を命ずることは、国立及び公立の大学がその学生に停学を命ずる行為となんら異なるものではなく、公法上の特別権力による行為として、これによりその学生の教育を受ける等の権利を一時制限する法的効果を伴うものであるから、行政事件訴訟特例法一条の関係においては行政庁たる学長のなす処分と解するのが相当である。

(二)  停学処分における学長の裁量権の限界

大学の学長が、その学生に対し停学処分を行うに当つては、その行為の軽重のほか、教育的見地から本人の平素の行状が、その行為が他の学生に与える影響等諸般の事情を綜合して判定する必要があり、これらの点の判断は、教育者たる懲戒権者の裁量にまかすのでなければ到底適切妥当な結果を期待し得ない。従つてこの点の判断は、社会観念上著しく不当である場合を除き、原則として懲戒権者たる学長の裁量にまかされているものと解すべきである。しかしこのことから学長がなんらの事実上の根拠に基かずに懲戒処分を行う権能を有するものと解することはもちろんできないのであつて、停学処分が真実の基礎を欠くものであるかどうかの点は、当然裁判所の判断の対象となると解するのが相当である。

なお、学生が被告大学に入学するに際し、懲戒処分が全く真実の基礎を欠く場合あるいは右処分が社会通念上著しく不当である場合でも、すべて学長の判定に服することを承認し、右処分に関する訴権を放棄したものとは到底解しがたい。

(三)  従つて(一)、(二)の理由から、原告は行政事件訴訟特例法民事訴訟法の定めるところにより、本件停学処分自体の取消及びこれに基く損害の賠償を求めるため、出訴することができるものといわなくてはならない。よつて被告の右主張は理由がない。

二、(一) つぎに、原告が被告大学旧制第一法学部第三学年及び新制第二経済学部第三学年に在学し、前者は昭和二七年三月、後者は同二八年三月各卒業予定の学生であつたこと、原告が同二七年二月六日新制第二経済学部第三学年編入者のドイツ語の試験の際、その受験中膝の上にドイツ語の教科書を開いてのせていたのを、試験監督員宮司正明に発見され、不正行為として原告主張の懲罰委員会に付されたこと、同月九日被告大学は原告に一カ月の停学を命ずる旨被告大学の掲示場に掲示したことはいずれも当事者間に争いがない。

当事者間に争いのない右事実と成立に争いのない乙第一、二号証第三、七号証の各一、二、証人宮司正明、同柳奥茂の各証言及び弁論の全趣旨をあわせ考えると、被告大学は、新制第二経済学部における原告の不正行為をとらえて、学則八〇条にいわゆる不都合の行為に当るとして、これを懲罰委員会に付したのであるが、被告大学は、その学生たる身分ある原告に対して、学則八〇条により一カ月間の停学を命ずる一つの処分をしたのであつて、これにより原告は、停学期間中被告大学の教育施設たる営造物による教学上の一切の行動を禁止されるに至つたものであることが認められ、これに反する原告本人の供述は信用しがたく、他にこれをくつがえすに足る証拠はない。(なお、証人柳奥茂の証言によれば、被告大学はその学生に対する懲戒処分の公示を通常一カ所の掲示板にしており、その掲示板は特に一学部専用のものとされているわけではないことが認められ、他にこれを動かすに足る証拠はない。それ故、被告大学の原告に対する本件停学処分告知の方法につきなんら違法な点はない。)

(二) 従つて原告は、被告が昭和二七年二月九日原告に対してした新制第二経済学部についての一カ月の停学処分(掲示して公表した)及び旧制第一法学部についての一カ月の停学処分(掲示しない)の二つの停学処分がなされたとみて、各処分の取消を訴求しているが、特別に原告の主張する旧制第一法学部についての懲戒処分はなかつたのであるから、その取消の訴は、対象たる処分を欠くものであつて不適法である。

(三) つぎに被告大学の原告に対してした一カ月の停学処分(掲示して公表した)の取消の訴は出訴期間を徒過しているから不適法である。

すなわち、原告本人尋問の結果によれば、本件停学処分が昭和二七年二月九日被告大学の掲示場に公示されたのち、一カ月の停学期間中に、原告が旧制第一法学部の試験を受けたところ、教務課長によりその受験を拒否され、新制第二経済学部のみならず、旧制第一法学部についても停学処分の効果は及ぶ旨告知されたことが認められ、他にこれを動かすに足る証拠はない。従つて原告は、おそくとも教務課長から右注意を受けた際、前認定のごとき停学処分があつたことを覚知した筈である。

然るに原告が、昭和二八年一月二二日に漸く右処分の取消を求める訴訟を当庁に提起したものであることは、当裁判所に明白である。

してみると、本件停学処分取消訴訟は、右処分のあつたことを知つた日から、行政事件訴訟特例法五条所定の不変期間たる六箇月後に提起されたものであることは明らかであるから、不適法な申立であつて、そのかしは補正し得ないものといわなくてはならない。

以上のとおり、原告の本件訴のうち、停学処分の取消を求める部分は、いずれも不適法であるから却下さるべきである。

三、そこで原告の被告に対する金三〇万円の請求について、その当否を判断する。

(一)  原告は本件違法な停学処分を原因として被告に対し、慰藉料として新制第二経済学部の停学処分については金五万円、旧制第一法学部の停学処分については金九万七千円、損害賠償として金三千円の各支払を求めているので、前記停学処分の当否について判断する。

(イ)  本件停学処分が被告大学の学生たる原告に対してなされた一つの処分であつて、原告主張のごとく二つの停学処分ではないことはすでに述べた。従つて被告大学が、新制第二経済学部における不正行為をとらえ、被告大学の学生たる原告に対して停学を命じ得ることはいうまでもない。それ故、二つの停学処分があることを前提とし、被告は原告に対し、旧制第一法学部にいて本件停学処分を命ずることができない旨の原告主張は理由がない。

(ロ)  成立に争いのない乙第一号証及び証人宮司正明、同柳奥茂並びに原告本人の供述の一部を考えあわせると、昭和二七年二月六日新制第三学年編入者のドイツ語試験の際原告が受験中、膝の上にドイツ語の教科書をひろげて上半身を前にかがめ教科書をおおうようにして、これを盗み見しているのを、試験監督宮司正明が発見したので原告にこれを鞄の中に納めるように注意したうえ、試験場内を巡視していたところ、その後しばらく経過した後も、原告は試験監督員の注意があつたにもかかわらず依然として教科書を膝の上に開いてこれを見ながら答案を作成していたので、不正行為の現行者として摘発されたものであることが認められる。右認定に反する原告本人の供述部分は信用しがたく、他にこれをくつがえすに足る証拠はない。

原告にかかる不正行為が認定される以上、その他の懲戒理由の有無について判断するまでもなく、被告大学の学長が原告を学則八〇条(乙第七号証の一参照)の「其の他不都合の行為ある者」と認定し、一カ月の停学処分に付したことは事実上の根拠を有することでありその適不適はともかく、社会観念上学長の認定権の限度を超えた著しく不当な処分であると解するのは相当でない。

よつて被告の原告に対してした本件停学処分には、なんら違法な点はなく、従つてこれに基く慰藉料ないし損害賠償の請求は理由がない。

(二)  つぎに原告は、被告が原告主張の履修届を不当に拒否したことを理由として慰藉料金一五万円の支払を求めているので、被告が右履修届の受理を拒否したことの当否を判断する。

証人福岡清作、同海野徳蔵の各証言により真正に成立したと認められる乙第五、六号証、成立に争いのない乙第七号証の一及び証人福岡清作、同海野徳蔵の各証言をあわせ考えると、被告大学の学則によれば、その一七条に「科目の単位は週一時間十五週の授業を以つて一単位とする」とあり、また三八条に「毎学年の初に履修科目の届出をなし、授業を受けた科目でなければ試験を受けることはできない。」と定められ、学生はその学年の初に履修届を提出すべく、履修届を提出した科目につき行われる毎週一時間一五週の授業に出席受講し、その試験に合格した場合単位を与えられること、昭和二七年度履修届提出期間については、第一回目として昭和二七年五月一日に同月一三日までに提出するように、ついで同年六月一二日に、第二回目として同年六月一八日までに提出するように各掲示がなされたこと、原告は昭和二七年一一月下旬新制経済学部に履修届を提出したが、既に授業時間の二分の一以上を経、単位付与に必要な受講時間を過ぎた後のことであつたので、右届は到底受理すべきものではないという理由によつて、被告大学が右受理を拒否したものであること、被告大学においてこれを受理すべき特別の事情はなにもなかつたことがそれぞれ認められ、これに反する原告本人尋問の結果は信用しがたく、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

従つて被告が原告の履修届の受理を拒否したのは当然であつて、なんら違法の点はないから、被告が右履修届を受理しなかつたことを原因とする原告の慰藉料一五万円の請求は理由がない。

よつて原告の被告に対する金三〇万円の請求は失当である。

四、更に本件停学処分が違法でないことは既述のとおりであるから、右処分の違法であることを前提とする原告の謝罪公告の請求も理由がない。

五、以上の次第で、原告の本件訴のうち停学処分の取消を求める部分はいずれも不適法であるからこれを却下し、その他の請求はすべて失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾 入山実 粕谷俊治)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例